業務委託契約書、サイン前に直していい|受託者が損する3条項と直し方
Editorial / 契約・業務委託

業務委託契約書、サイン前に直していい|受託者が損する3条項と直し方

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「損害賠償は、甲が被った一切の損害とする」。取引先から届いた業務委託契約書にこの一文があるのに気づかず署名すると、報酬5万円の案件で数百万円を請求されうる立場に置かれます。

それでも多くのフリーランスや設立直後の受託者は、「先方が用意した契約書だから」とよく読まずにサインして返してしまいます。けれど、相手が用意した契約書でも、受け取った側から修正を求めてかまいません。むしろ2024年11月施行のフリーランス新法は、報酬の支払期日や一方的な減額から受託者を守る方向にルールを変えました。

この記事は、送られてきた業務委託契約書をサインする前に、損をする条項を自分で見つけて直すためのチェックリストです。自分から契約書を用意する側の手順は「業務委託契約書の作り方」にまとめているので、本記事は「受け取って審査する側」に絞ります。

【重要】 本記事は2026年6月時点の法令・公的機関の公開情報に基づく一般的な解説です。個別の契約条項の有効性や交渉方針は事案により異なります。重要な契約は、署名前に弁護士・行政書士などの専門家への相談をご検討ください。

大前提:相手の契約書でも「直して」と言っていい

最初に、いちばん大事な前提です。契約書は、先に出したほうが必ず正しいわけではありません。契約は双方の合意で決まるもので、送られてきた案に対して「ここを直したい」と返すのは、ごく普通の商習慣です。失礼でも、角が立つことでもありません。

そして、あなたがフリーランス(従業員を使わない個人など)で、相手が従業員を使う事業者なら、フリーランス新法が後ろ盾になります。この法律は、発注者に取引条件の書面明示や報酬の早期支払いを義務づけ、買いたたきや不当な減額を禁止しています(詳しくは後述)。「立場が弱いから言えない」のではなく、法律が交渉のテーブルを整えてくれている、と考えてください。

そのうえで、限られた時間でどこを見るか。損失の大きい順に、まず3つだけ押さえます。

まずこの3つだけ見る(損失額が大きい順)

① 報酬の額・算定根拠・支払期日

お金の条項は最優先です。見るべきは「いくら」だけでなく「いつ払われるか」と「どういう場合に減るか」。

  • 支払期日:フリーランス新法では、発注者は給付を受け取った日から起算して60日以内のできる限り短い期間で報酬を支払う必要があります。仮に「翌々月末」など60日を超える期日が書かれていても、新法では「受領日から60日を経過する日」が支払期日とみなされます(フリーランス法第4条)。だから安心して「60日以内に」と修正を求められます。
  • 報酬が減る条件:「成果物に不備があれば減額」といった曖昧な減額条項は、買いたたき・不当減額につながりかねません。減額の基準を具体化させましょう。

ヤバい文例:「報酬は、検収完了の翌々々月末日に支払う。」

こう直す:「報酬は、成果物の引渡し日から起算して60日以内の◯月末日に支払う。」

② 知的財産権の帰属(著作権・著作者人格権)

成果物を作る仕事(デザイン・開発・ライティング等)で最重要。一度サインすると、後から取り返せないのがこの条項です。

  • 著作権の譲渡範囲:「すべての著作権を発注者に譲渡する」とある場合、二次利用や実績公開ができなくなることがあります。譲渡の範囲・時期(検収後・入金後)を確認します。
  • 著作者人格権:著作者人格権は譲渡できません(著作権法59条)。そのため契約では「著作者人格権を行使しない」という不行使特約が入るのが通例ですが、改変や氏名表示の扱いを確認しておきます。

ヤバい文例:「本件に関し受託者が作成した一切の著作物の著作権その他一切の権利は、契約締結時に発注者に帰属し、受託者は著作者人格権を行使しない。」

こう直す:「成果物の著作権は、報酬の完済をもって発注者に移転する。受託者は実績として制作物を公表できる。」

③ 損害賠償の上限がない(青天井)

冒頭の例がこれです。賠償の範囲が無制限だと、小さな案件でも会社や個人が傾くリスクを負います。

  • 上限の有無:「一切の損害」「直接・間接を問わず」といった無限定の表現は要注意。上限を受託報酬額までに区切るのが受託者側の定石です。

ヤバい文例:「受託者は、本契約に関し発注者が被った一切の損害を賠償する。」

こう直す:「受託者の賠償責任は、故意・重過失の場合を除き、本契約の報酬額を上限とする。」

残りの危険条項チェック表

上の3つを直したら、次は表で「見るべき1点」だけ確認します。気になる項目があれば、その条項だけ個別に交渉すれば十分です。

条項サイン前に見る1点
検収検収の基準・期限が明確か(いつまでも検収されず報酬が宙に浮かないか)
中途解除発注者だけが「いつでも無催告で解除できる」一方的な条項になっていないか
再委託再委託が一律禁止だと、外注・協力が必要な業務で詰まらないか
競業避止・専属期間・範囲が広すぎて、他社の仕事まで制限されないか
契約不適合責任旧「瑕疵担保」。責任を負う期間が長すぎないか(引渡し後◯か月など)
秘密保持範囲が広すぎないか・期間が無期限でないか(詳しくは 秘密保持契約(NDA)の作り方
印紙税紙で2部取り交わす場合、課税文書なら収入印紙が必要か(電子契約なら不要。詳しくは 業務委託契約書と印紙税

<コラム>その契約、「偽装請負」かもしれません

条項とは別レイヤーですが、働き方の実態もチェックしておきます。契約書が「業務委託」でも、実際には発注者から指揮命令を受け、勤務時間や場所を細かく管理されていると、実態は雇用とみなされる「偽装請負」の問題が生じます。

  • 始業・終業の時刻を指定される/日々の作業を逐一指示される、という働き方は要注意。
  • 業務委託なら、仕事の進め方や時間配分は受託者の裁量が原則です。

判断の詳細は「業務委託と雇用はどう違う?偽装請負の境界」で整理しています。

フリーランス新法で、受託者はここまで守られる

2024年11月1日に施行されたフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、発注事業者に次のような義務・禁止を課しています。

  • 取引条件の明示義務:業務内容・報酬額・支払期日などを書面または電磁的方法で明示する。
  • 報酬支払期日:給付を受け取った日から60日以内のできる限り短い期間で支払う。
  • 募集情報の的確表示:実際と異なる条件で募集してはならない。
  • 禁止される行為:受領拒否、報酬の減額、返品、買いたたき、購入・利用強制、不当な経済上の利益の提供要請、不当な給付内容の変更・やり直し

ひとつ注意点があります。明示義務と60日の支払期日ルールは、すべての業務委託に適用されますが、上の7つの禁止行為が対象になるのは「1か月以上」の業務委託です。短い単発案件でも、条件の明示と支払期日のルールは効く、と覚えておいてください。

いずれにせよ、「支払いが遅い」「あとから値切られた」「理由なく成果物の作り直しを求められた」といった事態は、法律上問題になり得ます。交渉のときに「新法の趣旨に沿って」と一言添えるだけでも、話が通りやすくなります。

「直してください」はこう伝える

最後に、修正依頼の伝え方です。全文を突き返すのではなく、直したい条項だけを、代替案とセットで返すのがコツです。角を立てず、かつ前に進みます。

お世話になっております。契約書を確認しました。1点だけ、第◯条(損害賠償)について、賠償の範囲が「一切の損害」となっておりますので、実務上の上限として「報酬額を上限とする」に修正いただけますと幸いです。その他は問題ございません。ご検討よろしくお願いいたします。

自分から契約書を提示したい場合や、先方に雛形がない場合は、当サイトの契約書ジェネレーターで必要項目を入れて作成できます。条項の作り方は「業務委託契約書の作り方」もあわせてどうぞ。

電子契約で届いた場合の注意

最近は契約書がPDFでなく電子契約サービス経由で届くことも増えました。署名する前に必ず全文を読む(クリック一つで締結されるため)、締結後のデータを自分でも保存する(電子取引データの保存義務に関わることがあります)の2点を押さえてください。サービスごとの違いは「電子契約サービス比較」で整理しています。

印刷して使える「サイン前チェックリスト」

迷ったら、このリストだけ手元に置いてください。届いた契約書を上から照らし合わせるだけで、大きな損は避けられます。

  • □ 支払期日は受領日から60日以内か
  • □ 著作権の譲渡時期は「入金後」か/実績公開は可能か
  • □ 損害賠償に上限(報酬額まで)があるか
  • □ 中途解除が発注者だけの一方的な条項になっていないか
  • □ 競業避止・秘密保持の範囲と期間が広すぎないか
  • □ 働き方の実態が「指揮命令」になっていないか(偽装請負)

よくある質問(FAQ)

Q. 相手が用意した業務委託契約書を直してもらうのは失礼ではないですか?

失礼ではありません。契約は双方の合意で決まるもので、送られてきた案に「ここを直したい」と返すのはごく普通の商習慣です。とくにフリーランス(従業員を使わない個人など)が、従業員を使う事業者と取引する場合は、2024年11月施行のフリーランス新法が取引条件の明示や報酬の早期支払いを発注者に義務づけており、交渉の後ろ盾になります。

Q. フリーランス新法は、すべての業務委託に適用されますか?

取引条件の明示義務と「報酬は受領日から60日以内のできる限り短い期間で支払う」というルールは、すべての業務委託に適用されます。一方、7つの禁止行為(受領拒否・報酬減額・返品・買いたたき・購入利用強制・不当な経済上の利益提供要請・不当な給付内容変更/やり直し)が対象になるのは、1か月以上の業務委託に限られます。

Q. 「著作権をすべて発注者に譲渡する」と書かれていたら、そのままで大丈夫ですか?

注意が必要です。すべて譲渡すると、成果物の二次利用や実績としての公開ができなくなることがあります。譲渡の範囲・時期(検収後か入金後か)を確認し、実績公開の可否も明記してもらうと安全です。なお著作者人格権は法律上譲渡できないため(著作権法59条)、契約では不行使特約が入るのが通例で、改変や氏名表示の扱いも確認しておきます。

Q. 損害賠償が「一切の損害」になっています。どう直せばいいですか?

賠償の範囲が無制限(青天井)だと、小さな案件でも大きな賠償リスクを負います。受託者側の定石は、賠償の上限を「本契約の報酬額」までに区切ることです。文例としては「受託者の賠償責任は、故意・重過失の場合を除き、本契約の報酬額を上限とする」といった形で修正を求めます。

まとめ

取引先から届いた業務委託契約書は、そのまま署名する前に、まず①報酬と支払期日②知的財産の帰属③損害賠償の上限の3つを見てください。「一切の損害」「すべての権利を帰属」といった一方的な条項は、上限や範囲を区切る方向で直しを求めてかまいません。相手の契約書でも交渉は普通のことで、フリーランス新法が受託者の後ろ盾になっています。

直したい条項だけ代替案を添えて返す。これだけで、サイン後に後悔する取引はかなり減らせます。

参考資料・公的一次ソース