初めての社員雇用 完全ガイド 2026|社会保険・36協定の実務
【重要】 本記事は2026年5月時点の法令・公的情報をもとに編集者が整理した一般情報です。実際の届出書類・期限・記載内容は事業所の所在地や雇用形態によって変わります。最終判断は必ず管轄の労働基準監督署・年金事務所・ハローワーク、または社会保険労務士・税理士にご確認ください。
初めての社員雇用、何から始めるか
「人を雇うのは初めて」というフェーズで一番つまずきやすいのは、どの役所に・いつまでに・何を出すかが複数チャネルに分散している点です。法人化直後のチェックリストは法人化したらまずやる10のことで整理しましたが、初回雇用はそこからさらに「労務」というレイヤーが追加で乗ってきます。
編集部で複数の社労士・実務担当者の取材内容を整理すると、初回雇用で抜けやすい3点はおおむね共通しています。1つ目は36協定の提出忘れ(残業を1分でもさせた瞬間に違反)。2つ目は雇用契約書の労働条件明示(口頭だけで済ませると後日トラブル化)。3つ目は給与支払事務所等の開設届出書(税務署への提出を忘れて源泉徴収の納付タイミングが分からなくなるケース)。この3つを最初に頭に入れておくだけでも、リスクの大半は潰せます。
1. 雇用契約書の作成 — 労働条件通知書を兼ねた書面で渡す
法律上「労働条件通知書」の交付は義務(労基法15条)ですが、実務では労働条件通知書 兼 雇用契約書として両者を1枚にまとめた書面を双方署名・押印で交わすのが定番です。電子交付も2019年4月から可能になっており、入社者の同意があれば PDF + 電子署名でも有効です。
絶対的明示事項(書面交付が必須)
- 労働契約の期間(無期 / 有期、有期なら更新基準)
- 就業場所と従事業務(2024年改正で変更範囲の明示も必須化)
- 始業・終業時刻、所定外労働の有無、休憩、休日、休暇
- 賃金の決定・計算・支払方法、締日・支払日、昇給
- 退職に関する事項(解雇事由を含む)
雛形は厚労省「モデル労働条件通知書」が無料配布されています。最低限これをベースに、自社の就業時間・通勤手当・退職金有無を埋めれば十分実務に耐えます。完成した契約書は、当サイトの契約書ジェネレーターで電子契約用のPDF整形まで含めて作成できます。
2. 労働保険 — 労災保険と雇用保険、どちらも入社日基準で期限が走る
労働保険は「労災保険」と「雇用保険」の総称ですが、提出先と書類が分かれます。労災保険は労働基準監督署、雇用保険はハローワークです。初回雇用の事業所は両方とも「新規設立」扱いになるため、設置届と被保険者の資格取得届をワンセットで揃える必要があります。
労災保険(労働基準監督署)
- 保険関係成立届: 従業員を雇った日の翌日から10日以内
- 概算保険料申告書: 保険関係成立日の翌日から50日以内
- 労災保険は 1人でも雇った瞬間に強制加入。パート・アルバイト・日雇いを含む全労働者が対象で、保険料は全額会社負担。
雇用保険(ハローワーク)
- 雇用保険適用事業所設置届: 設置日の翌日から10日以内
- 雇用保険被保険者資格取得届: 雇用した日の翌月10日まで(例: 4月1日入社なら5月10日まで)
- 加入対象は週20時間以上 かつ 31日以上継続雇用見込みの従業員。短時間アルバイトは対象外になるケースがある。
雇用保険被保険者番号は前職を持つ中途採用者なら本人が持っているので、入社書類の段階で雇用保険被保険者証のコピーを集めておくと手続きが速いです。新卒・未経験者の場合は新規付番されます。
3. 社会保険 — 法人は強制、個人事業主は5人ラインで景色が変わる
社会保険(健康保険 + 厚生年金保険)の加入義務は、事業形態によって扱いが大きく異なります。混同しやすいポイントなので、編集部で1枚の比較表に整理しました。
社会保険の届出
- 新規適用届: 事業所として初めて加入する場合、強制適用の事実発生から5日以内に管轄の年金事務所へ。
- 被保険者資格取得届: 個別の社員加入は入社日から5日以内。マイナンバーまたは基礎年金番号が必要。
- 被扶養者(異動)届: 配偶者・子を扶養に入れる場合、収入要件(原則年収130万円未満)の証明書類を添付。
実務上、5日という期限はかなりタイトです。入社日が決まった時点で年金事務所のフォーマットをダウンロードし、マイナンバーの提出依頼書を内定者に先送りしておくのが現実的な進め方です。
4. 36協定届 — 時間外労働をさせる前に必ず出す
36協定(さぶろくきょうてい)とは、労働基準法36条に基づき、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働や法定休日労働をさせるために労使で結ぶ協定です。協定締結+労基署への届出+労働者への周知の3点が揃って、初めて時間外労働が適法になります。
提出期限と罰則
- 提出期限: 有効期間の起算日の前日までに、所轄の労働基準監督署に届け出る。例: 2026年4月1日起算の協定 → 3月31日までに提出と周知が完了している必要あり。
- 有効期間: 1年が一般的(最長1年、特別条項付きは1年に限定)。毎年更新が必要。
- 未提出のまま残業させた場合: 労基法32条 (35条)違反 → 119条により6か月以下の懲役または30万円以下の罰金。
電子申請が圧倒的に楽
紙の様式9号に押印して労基署窓口に持参する方法もありますが、現状はe-Govの電子申請が断然おすすめです。24時間受付、翌年度に同じデータを流用できる、控えが電子データで残るというメリットがあります。電子証明書は不要で、GビズIDプライムを取得しておけば社労士に頼まず自社完結できます。
特別条項の使いどころ
通常の36協定では、時間外労働は月45時間・年360時間が上限。これを超える可能性がある場合は「特別条項付き36協定」を結ぶ必要があります。特別条項でも年720時間 / 月100時間未満(休日労働含む) / 複数月平均80時間以内 / 月45時間超は年6回までという上限は絶対で、いわゆる「働き方改革の上限規制」です。スタートアップで「繁忙期だけ残業が増える」業態なら最初から特別条項付きで設計しておくと安全です。
5. 給与計算と源泉徴収 — クラウドSaaSで自社処理する経営者が増えている
給与計算は「支給額の計算 + 社会保険料・所得税・住民税の控除 + 法定書類の作成 + 金融機関への振込指示」のフルセット業務です。1〜2人分なら、クラウド給与SaaSを契約して自社処理する経営者が多数派になっています。金額の妥当性チェックには、当サイトの給与シミュレーターで月給から手取りを試算しておくと、雇用契約書の額面を決める段階での説得力が増します。
初月にやること
- 給与支払事務所等の開設届出書を税務署に提出(給与支払開始から1か月以内)
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書を提出(任意、従業員10人未満なら半年に1回の納付にできる)
- 源泉徴収簿の整備(クラウド給与なら自動生成)
- 給与振込先口座と振込日(末日締め翌月25日払いが定番)を確定
- 年末調整に向けた扶養控除等申告書・基礎控除申告書の回収準備
6. 就業規則 — 10人未満は義務ではないが、簡易版を持っておく価値はある
就業規則の作成・労基署への届出義務は常時10人以上の労働者を使用する事業場のみです(労基法89条)。「常時10人」は正社員 + パート + アルバイトの合計でカウントするため、フルリモートのアルバイトも含む点に注意。
1人雇用でも簡易版を作る理由
- 賃金・労働時間・休日・有給・退職のルールが文書化されていないと、トラブル時に法令の原則(労基法・労働契約法)で判断され、会社が不利になりがち。
- キャリアアップ助成金など多くの雇用関係助成金で就業規則の提出が要件になっている。
- 10人を超えた瞬間に作成義務が発生するが、その時点で慌てて作ると不利な内容を入れてしまいやすい。先に作っておく方が落ち着いて設計できる。
雛形は厚労省の「モデル就業規則」が無料で配布されています。最初はこれをほぼそのまま使い、自社で運用する中で「使わない条項を削る」「実態に合わせて表現を変える」というブラッシュアップで十分機能します。
7. 採用前に整えるべきインフラ — マイナンバーと労務管理体制
直接の届出ではないものの、初回雇用前に整えておくと後がラクなインフラが2つあります。
マイナンバーの収集・管理体制
雇用保険・社会保険・源泉徴収のいずれにもマイナンバーが必要です。本人確認(マイナンバーカードまたは通知カード + 身分証)とセットで収集し、紙保管なら鍵付きキャビネット、電子保管なら担当者を限定したクラウドストレージを使うのが基本。番号法に基づく安全管理措置が義務付けられているため、運用ルールは事前に文書化しておきます。
勤怠管理ツールの選定
36協定との関連で、客観的方法による労働時間の把握が安全衛生法上の義務になっています。タイムカード、PCログ、ICカード打刻、スマホ打刻のいずれかで記録する必要があり、Excelの自己申告だけでは法令上は不十分。1〜10人規模ならKING OF TIME、jinjer、ジョブカン勤怠管理など、月額200〜400円/人台のSaaSが現実的です。
法人化直後で IT 環境一式をまだ揃えていない場合は、当サイトの1人法人のIT環境セットアップガイドに基本構成をまとめてあります。あわせて資本金増資の手順も将来の採用拡大を見据えるなら一読の価値があります。
まとめ — 期限カレンダーを作ってから採用面談に入る
初回雇用は「やることが多い」というより「やることが別々の役所に・別々の期限で散らばっている」のが本当の難所です。逆に言えば、Day0〜Day30の期限を1枚のカレンダーに落とし込んでから採用活動を始めれば、ほぼ機械的に処理できます。
特に社会保険5日、労災・雇用保険10日、36協定は時間外労働の前の3つだけは赤字でカレンダー登録してください。社労士に頼むかどうかの判断は、社員が3人を超えるあたりで一度立ち止まって比較するのが現実的です。
