従業員の副業を認める前に|労働時間の通算と106万円の壁 2026
Editorial / 労務・社会保険

従業員の副業を認める前に|労働時間の通算と106万円の壁 2026

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「副業OK」。採用のために、そう就業規則に書こうとしている経営者の方へ。一つだけ先に知っておいてほしいことがあります。従業員が他社でも働き、合計で週40時間を超えたとき、その残業代(割増賃金)を払うのが"あなたの会社"になるケースがあります。

これは社内ルールの話ではなく、労働基準法の「労働時間の通算」という仕組みです。しかもこの通算ルールは2026年に見直しが議論されたものの、法案提出は見送られ、今はまだ現行ルールが生きています。つまり、いずれ変わるかもしれないが"今は払う義務がある"過渡期の真っ只中です。

本記事は、社労士の顧問がまだいない設立まもない会社向けに、従業員の副業を認める前に押さえるべき労務を「今いくら払う義務があり、これから何が変わるのか」を具体額とともに整理します。読み終えたら、就業規則の副業規定と、割増賃金・社会保険のリスクを自社の状況で判断できるようになります。

① まず結論:あなたの会社が「副業社員の残業代を払う側」になる条件

具体例で見ます。あなたの会社(B社)が、平日夜に週10時間ほど働いてくれるパートとして、Aさんを時給1,200円で雇ったとします。ところがAさんは、昼間に別の会社(C社)で週35時間、すでに働いていました。

労働基準法では、複数の会社で働く場合、労働時間を通算します。Aさんの労働時間は「C社35時間+B社10時間=週45時間」。法定労働時間は週40時間なので、5時間が法定時間外(残業)になります。

ここで重要なのが、この5時間分の割増賃金(1.25倍)を払うのは、原則として時間的に後に働かせた会社だという点です。Aさんは昼にC社、夜にB社で働くため、後に働かせるのはB社。つまり、後から雇ったあなたの会社(B社)が割増を負担します。

※ 正確に負担するのは「後から雇った会社」ではなく「後に働かせた側」です。先に契約していた会社が後の時間帯に残業させれば、先に雇った会社が払う場面もあります。ただ実務では、後から雇った会社が遅い時間帯に働かせることが多く、結果として後から雇った側が払うケースが大半です。

時給1,200円なら、割増分(0.25倍)は1時間あたり300円。週5時間で1,500円、月に直すと約6,000円です。「たった週10時間のパート」のつもりが、Aさんの他社での労働時間を把握していなければ、この割増を払い損ねて未払い残業になります。しかも賃金請求権の消滅時効は、2020年の労基法改正で2年から延長され、当分の間は3年です。月6,000円でも3年(36か月)遡って請求されれば、Aさん1人で約21.6万円。これが複数人いれば、無視できない金額になります。

「問題が起きてから払えばいい」が危険な理由

「1人21.6万円なら、問題が起きてから払えばいい」と考えるのは危険です。労働基準監督署の調査(臨検)が入れば、対象はAさん1人にとどまりません。他の副業社員も含めた過去3年分の全勤怠を芋づる式に調べられ、会社全体の未払い残業代として一挙に数百万円の支払いを命じられるケースが後を絶ちません。さらに悪質とみなされれば、裁判所から未払い額と同額までの「付加金」(労基法114条のペナルティ)の支払いを命じられ、支払総額が最大で2倍になるリスクすらあります。

つまり、副業社員を雇うときは、まず「他社で何時間働いているか」を確認することが、割増賃金リスクを避ける第一歩です。

② なぜそうなるのか:「労働時間の通算」の仕組み

労働基準法38条は、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めています。「事業場を異にする」には、同じ会社の別の事業所だけでなく、会社が違う場合も含むというのが行政解釈です。

通算は2段階で考えます。まず各社の所定労働時間(契約で決めた働く時間)を、労働契約を結んだ先後順に積みます。先に契約していた会社(C社)が下、後から契約した会社(B社)が上です。次に、所定外労働(残業)を、実際に働かせた順に積みます。いずれの段階でも、法定労働時間を超える部分を生じさせた側=時間的に後に働かせた使用者が、その超過分の割増賃金を負担するのが原則です。これが①で「後から雇った会社が払う」と書いた理由です。

ただし通算するのは「労働時間」、つまり雇用契約で働く時間です。後述するとおり、副業が雇用ではなく業務委託(フリーランス)であれば、労働時間の通算は生じません。

③ 【2026年の今】通算ルールの見直しはなぜ"宙ぶらりん"なのか

ここが本記事の核心です。

この「後から雇った会社が割増を払う」という通算ルールは、企業にとって副業を認めにくくする要因として、見直しが議論されてきました。厚生労働省の検討会では、健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の計算のための通算は廃止する(=各社が自社分の労働時間だけで残業代を計算する)方向で報告書がまとまっています。

ところが、この見直しを盛り込んだ法案の2026年通常国会への提出は見送られました。背景には、労働時間規制を整理しようとする厚労省の見直しと、政府内で出ている労働時間規制の緩和を求める動きとが交錯し、方向性の調整がついていない事情があります。現時点での見通しは2027年以降の国会提出・施行ですが、時期も内容も確定していません。

つまり2026年は、次のような宙ぶらりんの状態です。割増賃金の通算負担は、いずれ廃止される方向で議論が進んでいる。しかし、まだ法改正はされておらず、現行ルール(後から雇った会社が割増を負担)が生きている。健康確保のための通算は、見直し後も維持される見込みです。

経営者として大事なのは、「いずれ変わるらしい」と聞いて対応を後回しにしないことです。変わるまでは現行ルールが適用されるため、今副業社員を雇うなら、通算と割増賃金の管理は必要です。改正が施行されたタイミングで運用を切り替える、という構えが現実的です。

④ もう一つの落とし穴:社会保険「106万円の壁」と二以上事業所勤務届

副業をめぐるもう一つの見落としが、社会保険(健康保険・厚生年金)です。

短時間労働者の社会保険は、これまで「週20時間以上」「月額賃金8.8万円(年約106万円)以上」などの要件で加入対象が決まっていました。このうち「月額8.8万円」という賃金要件が、2026年10月に撤廃される予定です。これにより、対象企業では週20時間以上働く人は、賃金額にかかわらず社会保険の加入対象に広がります。

副業との関係で実務上問題になるのが、2つの会社の両方で社会保険の加入要件を満たした場合です。このとき、従業員は「二以上事業所勤務届」を、事実が発生してから10日以内に年金事務所へ提出する必要があります。主たる事業所を選び、両社の報酬を合算して保険料を計算し、各社が按分して会社と折半で負担することになります。

コストインパクト:自社が小さくても「社保コスト」が直撃する2つのルート

「うちは数人の小規模企業だから、106万円の壁(社会保険の適用拡大)は関係ない」と高を括っている経営者は、別のルートから足元をすくわれます。自社の規模が小さくても、副業社員の存在によって社会保険料の按分負担(コスト増)が直撃する現実的なルートは2つあります。

ルート1:自社での稼働が「週30時間以上」になっている場合(今すぐ直撃)

企業規模に関係なく、正社員の「4分の3以上」(おおむね週30時間以上)働く従業員は、社会保険の強制加入対象です。たとえば、本業先でも社保に入っている副業人材を、自社で「業務委託のつもりだが、実態は週30時間以上シフトに入れているパート」として扱っていた場合が最悪です。前述の「偽装請負(⑥参照)」とみなされた瞬間、その人は自社の強制加入対象となります。本業先と自社の双方で加入要件を満たすため「二以上事業所勤務」となり、これまで不要だった月額約1.5万〜3万円といった社会保険料(会社負担分)の按分支払いが、自社の規模に関わらず今すぐ発生します。

ルート2:企業規模要件の段階的撤廃(順番が来る)

2026年10月の賃金要件撤廃で直接影響を受けるのは、まず従業員51人以上の会社です。しかし国会では現在、小規模企業を対象外にしてきた「企業規模要件」そのものを段階的に全面撤廃する方向で、議論が進んでいます。激変緩和措置などの詳細はまさに過渡期の議論の最中ですが、自社の規模が対象に入った瞬間、これまで社保のかからなかった「週20時間以上の副業パート」も一斉に社会保険の加入対象(両社で要件を満たせば按分負担)になります。

「今は関係ない」のではなく、「実態が雇用とみなされて今すぐ直撃するか、自社の順番が後から来るか」のいずれかです。スケジュールを注視し、法定福利費の増加を予算へ織り込んでおくことが唯一の備えです。

⑤ 就業規則と「申告書1枚」:明日できる備え

副業に関する法的論点を踏まえたうえで、自社の就業規則をどう整えるかです。

国の「モデル就業規則」は、かつての「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という原則禁止の規定を改め、現在は原則として副業・兼業を認める規定になっています(労働者は勤務時間外に他の会社等の業務に従事できる、という建て付け)。流れとしては、副業は容認しつつ、必要な範囲で会社が把握・制限できる形にするのが標準です。

実務では、次のように組みます。

  • 届出制または許可制にする:副業を始める前に届け出させ(または許可を得させ)、会社が労働時間や業務内容を把握できるようにする。これが前述の労働時間の通算管理の前提になる
  • 制限・禁止できる例外を定める:原則容認でも、競業により自社の利益を害する場合、自社の機密情報が漏れる恐れがある場合、過重労働で健康を害する恐れがある場合、本業に明らかな支障が生じる場合は制限できる

従業員が数人のフェーズでは、就業規則を一から整えるより先に、1枚の申告書から始めるのが現実的です。採用時の労働条件の確認や入社書類に「他社での就労の有無・勤務先・1週間の労働時間」を書く欄を設け、既存の従業員にも副業を始めるときは同じ様式で届け出てもらう。これだけで、労働時間の通算に必要な情報がそろい、割増賃金の払い漏れを防げます。就業規則の整備は、人数が増えた段階で届出制として正式化すればよいのです。整備の手順は 就業規則の作り方 2026 を参照してください。

⑥ 【受け入れ側】副業人材を「雇う」か「業務委託」か

ここまでは「自社の従業員が副業する」ケースでした。逆に、他社で働いている人を自社に迎える(副業人材を受け入れる)場合の注意点を1つにまとめます。

受け入れ方には2通りあります。

受け入れ方労働時間の通算割増賃金主な注意点
雇用(パート・アルバイト等)あり(本業と通算)後から雇う自社が負担しうる本業の労働時間の申告を受ける
業務委託(フリーランス)なし発生しない指揮命令を強めると「偽装請負」リスク

短時間だけ手伝ってほしい副業人材は、業務委託にすれば労働時間の通算は生じません。ただし、勤務時間・場所を細かく指定し、業務を指揮命令下で行わせると、実態は雇用とみなされ(偽装請負・名ばかり業務委託)、未払い残業や社会保険の問題に発展します。雇用と業務委託の線引きは、契約書の名称ではなく実態で判断されます。判断の軸は 業務委託と雇用契約の違い で詳しく扱います。

「業務委託だから通算なし」の甘い罠

次の運用を1つでも行っていれば、契約書が「業務委託契約」でも、労基署からは「雇用(パート)」とみなされ得ます。

  • 自社のSlackやTeamsに常駐させ、勤務時間内の即レスを義務付けている
  • 毎週の朝会や定例ミーティングへの出席を「強制」している
  • 「今週は水曜13〜17時、金曜10〜15時に稼働してください」など、実態はパートのシフト調整(時給労働)なのに、労働時間の通算を逃れるために契約書だけ「業務委託」にしている

実態がこれなら、労働時間が通算され、ある日突然「過去の残業代」を請求されるリスクを背負っていると自覚してください。

⑦ よくある失敗3つ

  1. 他社での労働時間を把握していない:申告の仕組みがないと通算できず、割増賃金の払い漏れ(未払い残業)になる。届出制や申告書をセットにする
  2. 「改正で通算は廃止されるらしい」と対応を止める:2026年は法案提出が見送られ現行ルールが継続中。施行までは通算・割増の管理が必要
  3. 副業先の社保を「短時間だから関係ない」と決めつける:2026年10月の賃金要件撤廃で対象が広がる。両社で要件を満たせば二以上事業所勤務届(10日以内)が必要

⑧ まとめ:まず「申告書1枚」から始める

従業員の副業は、就業規則で「認める/認めない」を決めれば終わり、ではありません。労働時間の通算により、後から雇った会社が割増賃金を払う側になりうること。その通算ルールは2026年に見直しが議論されているものの、法案提出は見送られ、今は現行ルールが生きていること。2026年10月の「106万円の壁」賃金要件撤廃で、副業先でも社会保険の加入対象が広がること。

まず何から? 設立まもない会社がまず手を打つなら、採用時や副業開始時に他社での労働時間を申告させる「申告書1枚」から始め、人数が増えたら届出制と例外規定を就業規則に正式化する。残業の上限と割増の基礎は 36協定の作り方 2026、社会保険の今後の負担増は 社会保険適用拡大 2027-2035、割増賃金・社保込みの給与試算は 給与計算シミュレーター を参照してください。

よくある質問(FAQ)

Q. 従業員の副業は禁止できる?

全面禁止は現在の流れ(モデル就業規則の原則容認)に照らして合理性を欠きやすく、おすすめしません。競業・情報漏えい・健康障害・本業への支障がある場合に限り、制限・禁止する形が標準です。

Q. 副業社員の残業代は誰が払う?

自社と他社の労働時間を通算し、法定労働時間を超えた分の割増賃金は、原則として時間的に後に働かせた使用者が負担します。実務では、後から雇った会社が払う場面が大半です。

Q. 通算ルールは2026年に変わる?

割増賃金の通算負担を廃止する方向で議論が進んでいますが、2026年通常国会への法案提出は見送られました。施行は早くて2027年以降の見込みで時期は確定しておらず、現時点では現行ルールが継続しています。

Q. 副業先でも社会保険に入る?

2026年10月に月8.8万円の賃金要件が撤廃され、週20時間以上なら賃金額に関係なく加入対象に広がります(まずは51人以上の企業が対象)。副業社員が「それぞれの会社で加入要件を満たした場合」にのみ、二以上事業所勤務届を提出し、両社で保険料を按分負担します。自社が50人以下の小規模企業であっても、「週30時間以上(4分の3以上)」働かせている場合や、今後の法改正で企業規模要件が撤廃されて自社が対象に含まれた場合は、自社にも社会保険料の負担が発生します。

Q. 業務委託で受け入れれば労働時間は通算されない?

雇用でなく業務委託なら労働時間の通算は生じません。ただし指揮命令を強めると偽装請負と判断され、雇用と同じ扱いになるリスクがあります。

Q. 他社での労働時間はどう把握する?

採用時や副業開始時に「他社での就労の有無・勤務先・週の労働時間」を申告させる様式を用意します。これが通算と割増賃金の管理の前提になります。

【重要】 本記事は2026年6月時点の法令・厚生労働省および公的機関の公開情報、ならびに公表されている改正動向に基づく一般情報です。労働時間通算の見直しや社会保険の適用拡大は施行時期・内容が今後変わる可能性があり、個別の労働時間管理・割増賃金計算・社会保険手続きは事案によって異なります。実際の運用は厚生労働省・日本年金機構の最新情報を確認し、必要に応じて社会保険労務士にご相談ください。